ココ・シャネルの歴史|ビアリッツから2027クルーズ(27C)へ続くCHANELの物語

ココ・シャネルの歴史|ビアリッツから2027クルーズ(27C)へ続くCHANELの物語

1883年8月19日、ガブリエル・シャネルはフランスのソミュールで生まれました。修道院で身につけた裁縫を足がかりに、やがて女性の服と生き方を大きく変えていきます。

帽子店、ジャージ、クチュール、ツイード、そしてバレエ。すべてが現在のCHANELへつながっています。

1910年の帽子店から、1913年ドーヴィルのジャージへ

1910年、シャネルはパリに帽子店を開き、1912年には海辺のリゾート、ドーヴィルへ店を広げます。翌1913年から、男性用下着やスポーツウェアに使われていたジャージを、女性のブラウスやスカート、ドレスに取り入れました。

コルセットが当たり前だった時代に、歩きやすく、腕を動かしやすい服を提案したのです。女性の暮らしに服を合わせる考え方が、ここから始まりました。

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1915年、ビアリッツにクチュールハウスを開く

フランス南西部のビアリッツは、王侯貴族や上流階級が集まる海辺のリゾートでした。第一次世界大戦が始まると、パリを離れた人々もこの街へ移ってきます。

1915年、シャネルはカジノの向かいにクチュールハウスを開きました。帽子に加え、セーラー風のプルオーバー、ブラウス、ジャージのジャケット、軽やかなスカートなどをそろえます。

帽子店から始まった仕事が、ビアリッツでクチュールへ。
海辺で動きやすく、サロンでも上品に見える服でした。

着心地のよさと美しさを分けなかった店は、やがて300人を雇用するまでに成長します。

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1916年、シルクジャージが新しい贅沢になる

1916年には、シルクジャージのマリニエール・ブラウスが登場します。身体を締めつけない素材を、すっきりと上品な服に仕立てた一着です。

1918年、カンボン通り31番地がCHANELの中心になる

1918年、ガブリエル・シャネルはカンボン通り31番地をメゾンの中心に据え、サロン、アトリエ、アパルトマンをひとつの建物に集めました。

1920年、ヴェネツィアで色彩と新しいモチーフに出会う

1920年、ガブリエル・シャネルはミシア・セールとヴェネツィアを訪れました。ビザンティン装飾の金色、ガラスの輝き、サン・マルコの有翼の獅子。シャネル自身が獅子座だったことも重なり、ライオンは、のちにボタンやジュエリーへ繰り返し現れるコードのひとつになります。

1923年、ウェストミンスター公爵と英国ツイード

シャネルは1923年ごろにウェストミンスター公爵と出会い、英国やスコットランドで過ごしました。公爵のツイードジャケットから、実用性と端正さを両立させるヒントを得ます。

硬く丈夫だった英国ツイードは、シャネルの手で柔らかく軽い女性用の服へ。のちのCHANELジャケットとスーツにつながる、大切な素材になりました。

1924年、ココ・シャネルがバレエ《青列車》の衣装を手がける

セルゲイ・ディアギレフと親交のあったシャネルは、1924年にバレエ・リュス《Le Train Bleu/青列車》の衣装を担当しました。スポーツウェアのような輪郭はダンサーの動きを妨げず、日常着で大切にした自由を舞台にも持ち込みます。

1926年、リトルブラックドレスが黒の印象を変える

1926年、アメリカ版『Vogue』はシャネルの黒いドレスをフォードになぞらえて紹介しました。黒は限られた場面だけの色ではなく、昼にも夜にも着られる、モダンな日常着へと変わっていきます。

動きやすさと美しさを、どちらも諦めない。それがシャネルの服でした。

1931年、ココ・シャネルがハリウッドへ渡る

1931年、ココ・シャネルはサミュエル・ゴールドウィンに招かれ、ハリウッドへ。スターを衣装で覆うのではなく、その人自身を美しく見せようとしました。

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1954年、71歳でCHANELのクチュールへ戻る

1939年にクチュールハウスを閉じたシャネルは、1954年、71歳で復帰します。カーディガンのように軽く羽織れるジャケットとスーツは、働く女性たちの支持を集め、新しい世代にも広がりました。

カメリア、ライオン、黒、シルク、チェーン|今も続くCHANELのコード

カメリア、ライオン、黒、シルク、ツイード、ノーカラー、裾のチェーン。背景を知ると、CHANELのジャケットやワンピースに込められた意味も、少し違って見えてきます。

1983年、カール・ラガーフェルドがCHANELのアーティスティック・ディレクターに就任

1983年、カール・ラガーフェルドはCHANELのアーティスティック・ディレクターに就任します。ツイード、パール、チェーン、カメリア、黒と白。誰もが知るコードを残しながら、ミニ丈やデニム、大胆なロゴを加え、クラシックを毎シーズン新しく見せました。

受け継いだのは形だけではありません。完成されたイメージを壊さず、それでも次の時代へ進ませる。その鮮やかな手腕から、カール時代の長い物語が始まります。

111年後、CHANEL 2027クルーズ(27C)がビアリッツへ

2026年4月、マチュー・ブレイジーは自身初のCHANEL 2026/27年クルーズコレクション(27C)をビアリッツで発表しました。

シルク、ラフィア、コットン、ツイードの服が潮風を受けたのは、ココ・シャネルが1915年にクチュールハウスを開いた海辺。111年前に始まった物語が、同じビアリッツで新しい章を迎えました。

参考資料

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