シャネルの洋服はどう生まれた?CHANELジャケットとスーツの歴史

シャネルの洋服はどう生まれた?CHANELジャケットとスーツの歴史

シャネルのジャケットは、ジャージー、メンズウェア、英国のツイード、動きやすい仕立てから生まれました。その考え方がCHANELのスーツ、ワンピース、カーディガン、コート、セーターへ広がっていきます。

1910年代、シャネルはジャージーを女性のスポーツウェアへ

1910帽子店 CHANEL MODES
1913ドーヴィルでジャージーの服
1915ビアリッツにクチュールハウス

当時のジャージーは主に男性用下着に使われていた素材でした。ガブリエル・シャネルは、やわらかく落ちる生地をブラウス、スカート、ドレス、ジャケットへ使い、体を固めすぎない服を提案します。

セーラートップや乗馬服など、実用着の簡潔な線も女性服へ移しました。初期から中心にあったのは、見た目だけでなく自然に動けることでした。

英国のメンズウェアとツイードがCHANELジャケットを育てた

英国やスコットランドとの関わりから、シャネルは紳士服やスポーツウェアに使われていたツイードを女性の日常着へ取り入れました。男性用ジャケットを小さくしたのではなく、直線的でカーディガンに近いカットへ変えた点が特徴です。

V&Aの解説にも、しなやかなジャケット、ブレード、ポケット、裾チェーンなど、後のCHANELへ続く要素が紹介されています。

元記事に掲載していたCHANEL公式Instagramのジャケット映像

1939年の休止を経て、1954年にシャネルのスーツが復帰

CHANELは1939年にクチュールハウスを閉じ、香水とアクセサリーのブティックだけが営業を続けました。1954年2月5日、71歳のガブリエル・シャネルがクチュールへ復帰。1956年には、ブレードで縁取ったツイードスーツが発表されています。

一時代だけで終わらなかった理由

まっすぐなジャケットとスカート、ブレード、ポケット、ジュエリーのようなボタン。華やかな細部と動きやすさが同じ一着にありました。

ブレード、裏地、ボタン、裾チェーンがジャケットを形づくる

シャネルのツイードは、ウールだけでなくシルク、コットン、リネン、化学繊維などを組み合わせる場合があります。複数のパネル、表地と響き合う裏地、輪郭を整えるブレード、ポケット、ボタンが一体で設計されます。

裾のチェーンは重みで落ち方を整える細部です。パネリングもシルエットを作る仕立てですが、体形変化へ必ず対応するという意味ではありません。

黒いツイードジャケットへボタンを縫い付ける制作風景
元記事に掲載していたジャケット制作風景

1983年以降、カール・ラガーフェルドがCHANELのコードを再構成

カール・ラガーフェルドは1983年にアーティスティック ディレクターへ就任。ツイード、ブレード、チェーン、パール、カメリア、黒と白を、毎シーズン異なる服へ組み替えました。

2004–05ボクシーなカーディガン、セーター、ユニセックスのツイード
2008巨大なジャケットを舞台に、ドレスとブークレを展開
2012–15三点の組合せ、CHANEL ART、パリ–ザルツブルク

昔の型を保存するだけでなく、同じ語彙から別のジャケット、スーツ、ワンピース、カーディガン、コート、セーターを作り続けた時代です。

シャネルのジャケット、スーツ、ワンピースを今の服と組み直す

CHANELらしさは一着のジャケットに閉じません。スーツの上下を分ける、ジャケットをカーディガンのように羽織る、ツイードをワンピースやコートへ移す、ニットで配色やブレードを繰り返す。こうしてワードローブ全体へ広がりました。

年齢とともに以前の組合せがしっくりこなくなっても、セットのまま着る必要はありません。古い服と新しい服を組み直せることも、シャネルが女性服へ持ち込んだ自由の続きです。

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